きこえてきたこと

哲学、読書、文学、宗教、映画、日々のこと。

さみしいということ

 生きているということは、苦しみとさみしさを伴う。

 そんなもんだろうと思っているから普段は気にしないけど、さみしいと思うことはある。なにがといわれても、さみしいものはさみしいのだ。

 誰もわたしの気持ちを分かってくれるわけでもないし、本当の心は誰にも見せられない。

 ちょっとしたきっかけで、苦しくなったりさみしくなったり、自分ではどうしようもない。そんなときはいつもの「そんなもんだろう」という自分に戻ってきて欲しくなる。早く戻ってきて。

 わたしが必要とするようなのと同じように誰かに必要とされたいと自分が思っていてもそんなことはないのかもしれない。「同じように」というのは測れない。誰にも測れない。

 あるからそれがなくなった状態を恐れるのであれば、初めからなかった方がよかったのだろうか。でもそういうことでもない。いまあるのだから。

 「そんなもんだろう」という達観した強い自分に早く戻ってきて欲しい。

コーヒーをやめようと思う

 ここずっと、コーヒーメーカーが欲しいという思いに囚われていた。

 家電ショップでみたり、ネットで検索したり、どこで豆買おうとか妄想が大分進んでいた。

 ふと、思う。

 そもそもわたし不眠なのだ。まだ薬を飲んでいる。薬を飲んでいるから一日一杯ぐらいいいだろうと思って飲んでいる。

 でも思い出せ。先生はコーヒーもやめろと言っていたじゃないか。

 そしてTwitterのおともだちが、コーヒーを断って睡眠が劇的に改善されたという。

 あああああああああああ

 これだ。

 そこでわたしは決意する。

 むしろコーヒーから一歩先に行ってカフェイン断ちの方へ。

 

 そしてルイボスティー黒豆茶を主とした生活に変えようと決意する。

 すべては在庫がなくなってから・・・。

 がんばる。

『アクアマン』

 

 MARVEL好きだから、DCもチェックしている。

 これはちょっとストーリー盛り込みすぎではなかろうか。盛り込んでいる割にはいろいろなことが「真の王だから」のご都合主義的に解決されている感じがしてストーリーが薄い。登場人物の深掘りが出来ていないからなんだか後味も深いものがない。
 全然わからないが、CGは賑やかだったのだけれど、ここは専門の方から見て評価するレベルなのだろうか。そもそも水中にいる感じの撮影が大変そうという素人の感想しか出てこない。これもCGなんかな。
 シチリアのシーンはよかった。ああ、行きたいな(そうじゃない)。
 とりあえず物足りない。

『スウィング・キッズ』2018 生きる人間とイデオロギー

 

 ウクライナ侵攻の今見て心がずきずきする。

 主人公のギスを演じたド・ギョンスの演技力に脱帽。ダンスをする悦びの顔とイデオロギーの中に生きる不条理さが台詞が少ないにも関わらず、ビンビン伝わってくる。

 ストーリーはあえて書かない。ただ、最後までしっかり目を開いて見て欲しい映画。

 人間は最高に楽しいところから一瞬で虚しいものになる。そういうものだということをまざまざと知らされる。

 後味はそれぞれが感じればいい。

雨のにおい

テレワークが終わって外に出たら雨。一日中雨だったから、雨のにおいがする。でもそこにちょっと春の暖かさが感じられる。

雨は嫌いではない。土砂降りも、すべて洗い流してくれるような感じがして悪くない。後先考えなければいい。

すごくひとりの世界に入れるからかもしれない。

 

春になったら、比叡山

一人で遠足。っていうか、ハイキング。山の中に尋ねたいところがある。

でもなぜかそこのイメージが雨なんだよな。雨だったらいけないんだけど。

楽しみだな。それまでに体力つけておかなければ。

 

雨のにおい、いいなあ。みんなに降り注ぐ。いいなあ。

 

人間の深さ

わたしには苦手なタイプの人がいます。
(この漫画の主人公みたいなのっていう意味ではないです)
できればそっと関わらないでおこうという気持ちは拭えません。
でもなんというか、人間の深さって本当にひとりひとり違うよね。わたしは冷たい人間なのでそれをすぐ忘れます。
 
何人の人が死んだって数で言われると、多いか少ないかでしか見られないけど、
ひとりひとりの人生の深さなんて、誰も思い至らない。
 
ウクライナのこともあって、そんなことを考えました。
 

ねこかいたい

 

 Kindleで0円だったので買ってしまった。

 なにこれ、ねこかいたい。

 でも諭吉がいい。

 なんのオチもない話だったけど、ひたすら諭吉が家に居たらいいのにしか思わない。

 もふらせてほしい。

 ねこかいたい。